親なき後問題に備える~福祉型信託について~ 親なき後問題って何?

障害を持つ子供への生活支援は、多くの場合その子の親が行っております。
もし、その親自身が病気、認知症、死亡などによって子供を支援できなくなった場合、誰が自分の子供を支援してくれるのか? と考えると親の不安はとても大きくなります。
これが「親なき後問題」です。
この親なき後問題は、何も障害のある子供を持つ親だけに限った悩みではありません。
交通事故に遭い重度の後遺障害が残った場合や浪費者のため、自分自身で財産管理ができない子供についても同様の問題が生じます。

福祉型信託って何? 1.信託制度の概要

信託は委託者(注1)が、信頼できる人(受託者 注2)にたいして自分の財産(信託財産 注3)を移転し、受益者(注4)のために財産管理をしてもらう制度です。

注1

委託者とは、財産を受託者に移転し、信託目的に従い受益者のために受託者にその信託財産の管理・処分などをさせる者をいいます。

注2

受託者とは、信託行為の定めに従い、信託財産に属する財産の管理または処分およびその他の信託の目的の達成のために必要な行為をすべき権利を得、義務を負う者のことを言います。

注3

委託者から信託行為に基づいて受託者に移転された財産であって、信託により管理又は処分すべき一切の財産を言います。

注4

受益者とは、信託によって信託財産から何らかの利益を受取る者です。

図解すると以下のとおりとなります。

図1 2.では福祉型信託とはどのようなものでしょう?

信託は、大まかに言うと商事信託と民事信託とに分けることができます。

・商事信託~ 投資信託など営利のための信託
・民事信託~ 営利目的の信託ではなく、財産管理制度の一つ

・福祉型信託 → 民事信託のなかでも、特に高齢者や障害者の財産管理のための信託のこと

では、福祉型信託をどのような場面で利用するか? 以下事例を見てみます。

具体的問題の検討 1.高次脳機能障害をもつ息子への財産承継とその管理(親なき後問題)

相談者:

70歳の A

現 在:

Aには、亡き夫Bとの子、長男C(45歳)、二男D(40歳)、長女E(35歳)がいます。

図2

Cは、高校生の時、交通事故に遭い高次脳機能障害が残りました。
Aは、現在長男Cと二人で暮らしています。Cには、記憶障害と情緒障害がみられ、
日常生活に支障はありませんが金銭管理はできません。

不 安:

Aが亡くなった後、Cは、Aが所有する自宅不動産で安心して暮らすことができるだろうか? Aから引き継ぐ相続財産を適切に管理することができるだろうか? また、Dは、Cの面倒をよく看てくれていますが、Dばかりに負担掛けてしまっていることが気にかかっています。

希 望:

Aが亡くなった場合には、Cにはこれまでどおり自宅不動産での生活を送れるようにしてやりたい、Aが残した財産は、Cのために使ってほしい。その財産管理をDに任せたいと考えています。Cが亡くなった後は、Cの面倒を見てくれたDに残余財産を相続させたい。

2. 1の解決策について

①Aが何の対策もせずに死亡した場合はどうなるか?

Aの財産は、民法の規定による法定相続分に従い、C,D,Eがそれぞれ3分の1づつ承継することになるでしょう。
Aは、長男Cを自宅不動産で生活させてあげたいと考えていますが、相続人間で争いが生じた場合や相続人の経済状況により不動産の共有持ち分が差し押さえられるなどして売却等処分せざるを得ない場合もあり、希望通りにならないことも十分考えられます。

②Aの希望を実現するためには、どのような制度があるのでしょうか?

ⅰ負担付遺贈

Aが二男Dに多くの財産を分け与え、その負担として長男Cの生活の面倒を見させる内容の遺言のことを「負担付遺贈」といいます。A死亡後、Aから多くの財産を相続した二男Dは、長男Cの生活の面倒を看なければなりません。

「負担付遺贈」のみを利用した場合、受贈者(二男D)がその負担(長男Cの生活の面倒をみること)を履行せずに紛争になることがあります。また受贈者が破産するなどして財産を散逸させてしまう可能性もあり、受贈者が負担を履行できなくなってしまうことも考えられます。 Aは二男Dに対して、長男Cの生活費も考慮して多くの財産を相続させたのにDが破産してしまっては、長男Cが保護されないことにもなります。

ⅱ遺言と成年後見制度

Aは、長男Cのために、Dを成年後見人候補者とする後見開始の審判の申立てを行います。そして、AはCの生活維持のために必要な財産を長男Cに相続させる内容の遺言をします。
Aの生前中は、二男Dは長男Cの財産管理・身上監護を行います。(ただし、身の回りの世話等の事実行為はAが行ないます)。A死亡後は、二男Dが長男Cの財産の管理・身上監護を行い、長男Cの生活の支援をします。

Aが長男Cのために成年後見人を選任しておくことで、Aの死亡の前後を通じて長男Cの財産を守ることができます。また、長男Cの生活に必要な資産を長男Cに相続させる内容の遺言書を作成することで、長男Cの生活支援の目的は達成することができます。

しかし、

Aは、二男Dに残りの財産(C亡き後のCの残余財産)を相続させたいと考えています。長男Cの残余財産をDに帰属させるためには、いわゆる「後継ぎ遺贈」が必要となりますが、この後継ぎ遺贈型の遺言の有効性については疑問が呈されており、二男Dへの残余財産帰属を保証することはできません。

ⅲ福祉型信託と成年後見制度

Aは長男Cのために、司法書士甲を成年後見人候補者とする後見開始の審判申立てを行います。Aは、長男Cの生活支援を目的として自己を委託者二男Dを受託者、Aを第一受益者、長男CをA死亡後の第二受益者として信託を設定します(注:Aを第一受益者としているのは、贈与税を回避するためです)。また、受益者を保護するために長男Cの成年後見人である甲を信託監督人として定めておきます。さらに、二男Dを信託財産の帰属権利者として定めておきます。
信託設定後、受託者(二男D)は信託の目的に従って、信託監督人甲による監督のもと、受益者(A、A死亡後は長男のC)のために財産管理を行います。

Aは、二男Dを受託者として受益者(A、長男C)の生活支援を目的とした信託を設定することにより、A死亡後も長男Cのための財産管理を継続して行うことができます。また、二男Dは、司法書士甲の監督のもと信託財産を管理することになるので、間違いを未然に防止することができます。また、信託制度では、倒産隔離機能がありますので、万が一二男Dが破産するなどしても、信託財産が侵害されることは無く、長男Cの生活の安全を確保できます。信託制度では、信託終了時の財産の帰属先を決めることができますので帰属権利者を二男Dと定めておくことにより、後継ぎ遺贈の有効性について心配する必要もなくなります。

以上、検証の結果、Aの希望全てを実現するためには、福祉型信託と成年後見制度を併用すると良いでしょう

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